携帯にしゃべりかける中国人の謎
共通語の存在
ボリウッド映画にダンスや歌のシーンが多く盛り込まれているのはインド国内に複数の言語と無数の方言があり、言葉中心のストーリー展開だと対象の視聴者が限られてくるからだと言われています。
(カースト制度が色濃く残っているので、属するカーストによってのまばらな識字率も影響しています)
アイヌや沖縄など独自の言葉を操る地域もありますが、NHKを付けると“共通語”の日本語が聞こえてきますし、どの方言に属するほとんどの人がこの日本語を理解することができると思います。
方言の多様性はもちろんありますが、“共通語”として意思疎通が可能な存在感のある言語がある私たちにはインドの現状は理解しがたいものがあるかもしれません。
言語なのか方言なのか
言語と方言の区分はとてもあいまいです。
近隣地域の方言話者同士で意志疎通ができるか、または、国でのまとまりであったり地域的な関係であったり。
言語が環境の変化を受けやすいものなのは時代によって流行語があったり、所属する文化グループによって語彙や音韻などの要素が変わったりすることからも想像できるかと思います。
日本語でも元中心地の江戸から離れる方言ほど知識がないと理解しにくいこともありますが、近隣の地域同士では似通った言語要素があり意志疎通ができるので独立した言語ではなく方言の括りになっています。
2言語が存在する中国の場合
中国語や広東語話者が大きくはっきりとした声でスマホに向って話すのを見かけたことがありますか?
海外で知り合った中国人は音声を使って頻繁に連絡を取り合っているのを長く興味深く思っていました。
どんな些細な用事でもボイスメッセージを送ったり、すぐ電話をかけたりしているのです。
交通機関や教室など場所を問わないので、ある日、好奇心が抑えきれずに中国人の友人に聞いてみました。
『音声のほうがタイプするよりも早いから?』
『いや、広東語は書けないけど聞いたらわかるんだ』
あーそっか!
大国ならではの言語環境がある中国ですが、中でも元々の北京の方言を標準とする中国語と広東語が地域によって使用されているのはよく知られていることですよね。
言語として区分されている2つなので双方の話者同士が意思疎通を図るには言語知識が必要になります。
書けないけど聞いたらわかる。
読めないけど話せば通じる。
多言語国家ならではの理由で日常の些細な行動が影響を受けていたことに感動したのを覚えています。
聞いてみないとわからないだけで、日常にはまだまだたくさんの言語や文化的影響がちりばめられているのだと思います。
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この子の『ママ』は誰? (子供の母語習得)
言葉での意志疎通
『まま、こっこ』
子供が二語以上を繋げて意志疎通するようになるのは1歳半ごろからと言われ、5段階ある母語習得の3段目のステージにいる時期です。(4段階や6段階とする学者もいます)
話しかけると『うんうん』と頷いたり理解しているように笑ったりとジェスチャーで意志疎通をする1歳の時期を過ぎ、“ことば”を使って意志疎通を図りはじめる子供には感動もひとしおです。
文法規則から学ぶ大人と違って、周りから聞いた会話とその後に起こる物事の関連性から言語を習得する子供たち。
語彙力がこの時期の言語力に大きく影響していますが、子供はどうやって言葉を増やしているのでしょうか。
ままとぱぱの区別
我が子が『まま』と呼ぶのが早いか『ぱぱ』と呼ぶのが早いかも子を持つ親の楽しみの一つだと思います。
『まま』と呼ばれて喜んでいたら、父親にも『まま』と呼んでいた。
ことばを発し始めた段階の子供の多くは『まま』と『ぱぱ』の区別がついていないことがほとんどです。
『まま』が自分の母親を指すこと、父親には『まま』ではなく『ぱぱ』という別の呼び名であるということの区別がついていないことが多いからです。
・父親に対しても『まま』と呼ぶ
・父親に限らず大人に対して『まま』と呼ぶ
・何か必要な時の呼びかけとして『まま』と言う
・人形にも『まま』と呼ぶ
などなど、まだ言葉の意味まで定着していない子供からは思いがけないところで『まま』という言葉を聞いてびっくりしたという経験は少なくないと思います。
特に、生活を共にする大人であり自分の世話をしてくれる存在である母親と父親にはそれぞれの呼び名があることを学ぶには、実際に子供が言葉を発した後に正していかないと難しいものです。
子供は会話やその後に起こる関連性から言葉を学び、言語を習得していきます。
なので、この段階の子供は自分が発した言葉の周りの反応や関連性からも言葉を学んでいく段階にもいるのです。
そうすることによってだんだんと『まま』の対象を狭め、他のものには別に呼び名があることを学び言葉の定義を学んでいきます。
子供特有のことばが生まれるのもこの時期
言語の音を聞き分ける耳も発達している段階ですので、子供が発することばは大人の言葉とはすこし違うことがあります。
例えば冒頭にある『こっこ』。
にわとりや『ここ』のつもりで発している子供もいますし、『だっこ』をしてもらおうと発する子供もいます。
その子供が育った環境で特有のことばが生まれるのもこの時期の特徴で、様々な環境に置かれた子供が自分のペースと方法で学んでいく母語習得はまだまだ発見が多い面白い分野です。
周りに小さい子供がいる方は注意を払ってみるとその子特有の規則性がみえてくるかもしれません。
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表にあるものがすべてとは限らない幼児期
最初の“ことば”は万国共通
日本語を話す子供もいれば、ロシア語とベトナム語のバイリンガルがいたり、子供の時に触れる言語がその後の言語習得に大きく影響していることは大人になった私たちが一番知っています。
それでも世界のどこにいる子供も最初に発することばは
『まんま』や
『ばー』
『ぷぁーぱ』など
口を閉じたり開いたりして弾く音で構成されることばなのは万国共通だと言われています。
最初のことばはどの国にいる子供でも同じとされていますが、そこからどのように言語を習得していくのでしょうか?
周りを聞いて学ぶ期間
生まれてすぐの赤ん坊が流暢に話し出したらびっくりしますよね。
第一言語を習得せず、臨界期(言語習得に最も有効な期間臨界期)を過ぎた子供が、後から言語教育を受けてもコミュニケーションを取れるほどの言語レベルに達した例はほぼありません。
これは第一言語を習得する重要な時期が幼少期にあるという例でもあります。
会話ができない赤ん坊は自分の必要なことを泣いて知らせ、そして大人は赤ん坊が何を欲しているのか考え対処しなければなりません。
『お腹すいたの?』
『新しいおむつにしようか?』
『眠たい?』
大人が言葉を出し、後に起こる行動で赤ん坊も徐々に大人が発する言葉と行動に規則性があることを学んでいきます。
泣き止んだり笑ったりなんらかのアクションをして、言葉はなくとも赤ん坊とコミュニケーションが成立するようになってきたという経験もよくあると思います。
文法学習が大事な大人の言語学習と違い、子供の言語習得に必要なものは周りで発せられる言葉や会話などの聴覚的刺激で、他者からのインプットがなによりも大事な教材なのです。
反応はなくても、実は徐々に子供は理解している
言葉を操ってコミュニケーションを取るようになる年齢は子供のペースや性格によって違いますが、年齢が上がるにつれて、言語に触れるにつれて、子供の言語に対する理解力は上がっていきます。
理解力と会話力が同等ではないこと。
分かっているのに経験不足で返答するのには苦戦する。
たいてい、理解力のほうが会話力に勝ることは大人の言語学習でも同じなので、外国語を学習したことがある人でこの差を感じた経験がある人は多いと思います。
子供の言語習得も同じです。
子供は言葉で表現しなかったり、態度に出さなかったりするだけで私たちが思っている以上に理解しています。
なので、大人の私たちは子供の周りで話す内容には気を付けたいところです…
次回は幼児期の言語習得のメカニズムに続けたいと思います。
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大人の外国語学習は子供と比べると有利?
子供と大人は違う
『若ければ若いほど外国語を学ぶのには有利だ』とよく聞きますよね。
私たちが子供の時は教科書で勉強をしなくても話せるようになったのに…
そう考えると、大人には苦労ばかりな気がして余計に辛い気持ちになります。
大人に必要な事を伝える為に、生きていく為にと言葉を覚える子供の母語習得と興味や目的の為に外国語を学習するのでは必死さも違います。
そして、母語習得と外国語学習ではプロセスも使う脳の部位も違います。
本当に早く始めた方が有利なのでしょうか?
子供の言語習得は耳から
子供の習得と大人の学習に触れるとなると臨界期仮説は外せません。
少しまとめますと、ネイティブのように言語を扱えるようになるには年齢に上限があるとするのが臨界期仮説です。
一説には年齢の上限は思春期で、この頃から外国語を学ぶ能力は下がる傾向にあるとされています。
これがよく言われる『若い方が…』の根源です。
目的言語に長期間、毎日何時間もどっぷり浸かる環境なら若い時の方がいいかもしれませんが、脳が成熟した大人の方が理解力が高く有利であるとも言いますし、聴解能力に関しては子供の方が有利とも言います。
乳幼児にはどの言語に属するどんな音でも聞き分ける能力が生まれながらにあるからです。
それもだんだんと聞き慣れた母語が強くなって、母語にない音を認識しなくなったり母語の似た音と同じものと判断したりして母語以外の音を忘れていきます。
私たち日本語母語話者が英語のRとLに苦労する理由はここです。
大人が文法などの知識を得るには時間と労力をかければどうにかなることが多いですが、聴解能力は失った能力を補うように工夫して伸ばしていく必要があります。
それだけは確かに少し苦労する点だと思います。
大人の言語学習の特徴
『やっぱり若い時の方がいいのか』
とここまで読むと思うかもしれませんが、大人の言語学習で一番の強みは正確さです。
国語と日本語はまったく別の学問分野ですし、例えば、日本語能力試験(JLPT)の問題を答えられない日本語母語話者も少なくありません。
知識ではなく、経験や環境から習得した母語は”正しさ”よりも“通じる”ことを優先しています。
これはどの言語にも言えることです。
学習開始の年齢よりも自分の目的に合う学習方法で着実に学ぶことがなによりも大事なのですが、躓いている学習者のほとんどは自分に合っていない方法で学習している場合が本当に多いです。
自分と同じ人がいないように、学習方法もそれぞれで違うのは言語学が昔も今も変わらずに研究されている理由でもあります。
同じ学習方法でもタイミングやレベルによっては合わないこともあるので、専門家と話す機会がなかったら、情報を集めて今の自分に合う学習方法を模索することで学習への抵抗も減ると思います。
次回は関連して、幼児期の言語習得について書くつもりでいます😊
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あの不機嫌な『ありがとう』の本当の意味
感謝の意味を持たない『ありがとう』
『ありがとう』をどんな時に使いますか?
買い物をして店員さんに言われることは多いですが、明らかにこちらが時間をもらった時でも会話の終わりや区切れに『ありがとう』と返す場面はとても不思議でなりませんでした。
例えば、最初から不機嫌だったオーストラリア人のオペレーターとの会話で、
『今からアカウントを調べるね』とオペレーター
『助かる、ありがとう』と感謝する私に
『ありがとう』とぶっきらぼうに言い返したオペレーター
『(どういたしまして??)』
感謝に返す言葉
感謝の言葉には『いいよ』とか『とんでもないです』とか感謝を受け入れたり謙遜したりして、場面に合った返答をすると思います。
文化でも個人レベルでもポジティブかネガティブポライトネスどちらかを好む傾向があって、それがよく出ているのが感謝に対する返答です。
この話を進めるためにポライトネス理論について少し話しますと、ポジティブポライトネスは相手に好かれたい欲求からする言動で、ネガティブポライトネスは相手の領域を尊重した言動をする傾向があります。
なので、褒めたり同調したりするのはポジティブポライトネスですし、行儀良くしたり貸し借りなどしないのはネガティブポライトネスからくる言動の例です。
会話からの解放
ネガティブポライトネスを好む文化では、相手を自由にする言葉として『ありがとう』が使われることがあります。
「相手を自由にする」とはどういう意味かと言うと、本来ネガティブポライトネスを好む文化圏では相手の時間や手間を取ることを避ける傾向があるのですが、会話も相手の時間をもらう行為です。
その場合、『ありがとう』は「好かれたい」ポジティブポライトネスからではなく、『はい、ここで会話は(いったん)終わりです』と「相手に自由を返す」ネガティブポライトネスの影響を受けています。
一種の感謝と言ってはそうなのですが、
『ありがとう』が感謝の意味しかない文化では、本来の意味と別に使う文化に慣れないこともあるそうで、日本語学習者が『すみません』に『ありがとう』の意味があって日本で多用されている事実に驚くように、『ありがとう』も文化が違うと別の目的があります。
逆に、あまりにも『ありがとう』と聞くことがない文化を不思議に思うこともあると思います。
こんな日常の小さい事にも文化の違いが出ていると、合う文化や慣れるのに時間がかかる文化があるのも頷けます。
細かい事を気にしていたら色々とやっていけないのも異文化だとも思いますが、ネガティブポライトネスを好む文化の傾向が出ているおもしろい例だと思ったので今回書きました。
ありがとうございます😊
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