感謝の意味を持たない『ありがとう』
『ありがとう』をどんな時に使いますか?
買い物をして店員さんに言われることは多いですが、明らかにこちらが時間をもらった時でも会話の終わりや区切れに『ありがとう』と返す場面はとても不思議でなりませんでした。
例えば、最初から不機嫌だったオーストラリア人のオペレーターとの会話で、
『今からアカウントを調べるね』とオペレーター
『助かる、ありがとう』と感謝する私に
『ありがとう』とぶっきらぼうに言い返したオペレーター
『(どういたしまして??)』
感謝に返す言葉
感謝の言葉には『いいよ』とか『とんでもないです』とか感謝を受け入れたり謙遜したりして、場面に合った返答をすると思います。
文化でも個人レベルでもポジティブかネガティブポライトネスどちらかを好む傾向があって、それがよく出ているのが感謝に対する返答です。
この話を進めるためにポライトネス理論について少し話しますと、ポジティブポライトネスは相手に好かれたい欲求からする言動で、ネガティブポライトネスは相手の領域を尊重した言動をする傾向があります。
なので、褒めたり同調したりするのはポジティブポライトネスですし、行儀良くしたり貸し借りなどしないのはネガティブポライトネスからくる言動の例です。
会話からの解放
ネガティブポライトネスを好む文化では、相手を自由にする言葉として『ありがとう』が使われることがあります。
「相手を自由にする」とはどういう意味かと言うと、本来ネガティブポライトネスを好む文化圏では相手の時間や手間を取ることを避ける傾向があるのですが、会話も相手の時間をもらう行為です。
その場合、『ありがとう』は「好かれたい」ポジティブポライトネスからではなく、『はい、ここで会話は(いったん)終わりです』と「相手に自由を返す」ネガティブポライトネスの影響を受けています。
一種の感謝と言ってはそうなのですが、
『ありがとう』が感謝の意味しかない文化では、本来の意味と別に使う文化に慣れないこともあるそうで、日本語学習者が『すみません』に『ありがとう』の意味があって日本で多用されている事実に驚くように、『ありがとう』も文化が違うと別の目的があります。
逆に、あまりにも『ありがとう』と聞くことがない文化を不思議に思うこともあると思います。
こんな日常の小さい事にも文化の違いが出ていると、合う文化や慣れるのに時間がかかる文化があるのも頷けます。
細かい事を気にしていたら色々とやっていけないのも異文化だとも思いますが、ネガティブポライトネスを好む文化の傾向が出ているおもしろい例だと思ったので今回書きました。
ありがとうございます😊
他の記事🌻